天壇

   
住所 台南市中西區忠義路二段84巷16號
電話番号 (06)2227983
ホームページ www.tian.org.tw

 
天壇の前身は明鄭時期に建てられました。毎年旧暦の1月9日に祭典が行われます。南明時代に東寧に遷都し、首都の府城の天公壇は祭典が行われているところになりました。歴史上に南明時代は短かったので、祀る場所は一時的に建てられた建物で、祭典が終わると建物を解体しました。清政府は台湾に来て、府城の人民は壇(だん-土を盛り上げてつくった、祭りその他の儀式を行う場所)を設置することを協議しましたが、拒否されました。その後清の咸豊四年に同意され、同年8月に前殿が完成しました。祀られているのは玉皇大帝(ぎょくこうたいてい-中国道教における事実上の最高神で、天界の支配者で地上・地底に住むあらゆるものの支配者)です。廟の中にたくさん神像がありますが、この壇で祀られている玉皇大帝は神像がなく位牌だけです。これは天が一番上だという考え方に合わせるためです。

天壇

清の光緒二十五年(西暦1899年)に天壇と改称しました。その後、日本人が清の康熙年代に建てられた黄檗寺に祀られている衡聖君を移動し、天壇で武聖殿という場所の主神になりました。その右側に鄭成功の神像も祀られています。

天壇は壇として建物の形が完全です。人々は壇の中にある石鼓(石で刻んだ太鼓)を触るので表面はキラキラになりました。また百年の柱はそれぞれ鯉躍龍門(登龍門)と八仙呈祥(良い兆し)というテーマで、細かく刻まれ、見る価値があります。この壇には一の字の扁額、「崇道無極」と「洪鈞鼓鑄」が刻まれた扁額があり、また線香を焚く香炉と石碑も見る価値があります。

天壇

大きい一の字が書かれ扁額の周りに 「世人枉費用心機,天理昭彰不可欺,任爾通盤都打算,有餘央慶總難移,盡歸善報無相負,盡歸惡報誰便宜,見善則遷由自主,轉禍為福亦隨時,若猶昧理思為惡,此念初萌天必知,報應分毫終不爽,只爭來早與來遲」と小さい字で書かれてます。人に善の心を持つということを伝え、みんなに運命論があるということを教えます。みんながその一の字が含まれた力とその比喩を忘れません。

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