王雞屎洋樓─塩を運ぶ大金持ちの豪邸

発音:ワンジーシーヤンロウ

   
住所 台南市安平區國勝路35巷2號

 
あまり目立たないので、この前を通りすぎても気が付かないかもしれませんが日本統治時代にはとても有名な建物でした。

この二階建ての家屋の主人は「王圭屎」という人です。王圭屎は上に七人の姉がいましたが、皆若くして亡くなりましたので親たちは生まれてきた赤ちゃんに悪い名前を付けたら、神様はその子の命を奪わないと考え、名前に「屎 (くそという意味)」を付けました。「圭屎」は台湾語の「鶏くそ(ゲエサイ)」と発音が一緒ですから、王圭屎が建てたものは人々に鶏屎楼と呼ばれました。

前列左から3番目が王圭屎さんです。 http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/271134ここの写真を使いました。 (安平文教基金會が提供し、記者黃文鍠が再撮影したものです)

 

日本統治時代、台南では製塩業は大切な産業でした。王圭屎が経営した会社は日本人経営の製塩会社の塩を運ぶ仕事をして、だんだんに金持ちになりました。西暦1937年(昭和12年)にこの新しい欧風の部屋を建て、安平のランドマークになりました。註: 現在台南市内の「呉園」も日本統治時代に塩の商売している人が建てたものでした。花柄の石彫にアルファベットの「O」が刻まれています。これは王圭屎の苗字の「王」の日本語の発音です。

 

 

当時この建物は真っ白で、綺麗な石彫が刻まれましたが、なぜ古びて、汚くなったのでしょうか?それは第二次世界大戦中米軍は台南に爆弾を投下しました。米軍は目立つ鶏屎洋樓を目印に、安平に着いたことを知り、爆弾を投下し始めました。なので、日本の警察はこの真っ白の建物を黒く塗り直しました。当時に塗った黒いペンキがまだ残っています。

 

 

他にも興味深いことがあります。王圭屎はお金持ちになり、人を助けるためにお金も寄付しました。ですから王圭屎がなくなってからも、神様のように祀られました。鶏屎洋樓の近くにある西龍殿では王圭屎の神像が祀られていますが、ほかの神像と違っているところは王圭屎が現代のチャイナ服を着ています。王圭屎はヘビースモーカーでしたから、この神像はパイプをくわえています。祀りに来た人々はたばこパイプに火をつけたままそれをさします。来た人たちが多くて、煙が充満したことから、環境保護局がわざわざ来て取り締まったこともこともあったらしいです。

 

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